デジタルツイン数値タービン

 我が国では、2016年度から実施された第5期科学技術基本計画の中でSociety 5.0が提唱され、AI技術を活用してサイバー空間と現実空間を高度に融合させたシステムを構築することにより、持続可能社会の実現を目指す目標が掲げられた。デジタルツインはまさにその中枢となるシステムであり、その名の通り現実空間における実機を仮想空間上で再現する双子に相当する。2018年のASME Turbo Expoでも、Industry 4.0に関する基調講演で、GE、シーメンスなどガスタービンメーカーのデジタルツイン開発が紹介された。

 2018年度から実施している文部科学省次世代領域研究開発事業「量子アニーリングアシスト型次世代スーパーコンピューティング基盤の開発」(研究代表 小林広明東北大学教授)で、2つある次世代新規アプリ開発の一つとして、「デジタルツイン数値タービン」を研究開発してきた。なお、従来型手法に基づく代表的アプリとして開発しており、量子アニーリングマシンは使っておらず、東北大学サイバーサイエンスセンター所有のNEC製スーパーコンピュータAOBA(SX-Aurora TSUBASA)の利用が前提である。2022年度が最終年度に当たり、蒸気タービンならびにガスタービンのシミュレーションデータベース(SDB)の構築が完了した。

 蒸気タービンでは、低圧段で非平衡凝縮が発生して性能に悪影響を与えていることが知られているが、石炭火力の蒸気タービンでは中圧段において、ボイラーから流入するスケールの影響で、中圧段翼列の経年劣化が問題になっている。通常、蒸気タービンのオーバーホールは数年に一度程度の頻度で実施されることから、それまでは蒸気タービン内部における経年劣化を正確に把握するのが困難である。スケールにより摩耗した翼は性能低下の原因になり、場合によっては翼の破損に繋がり、蒸気タービンの長期停止に繋がりかねない。そこで、予め摩耗を想定した翼形状により数十ケースの大規模数値計算を実施して、得られた計算結果のビックデータからなるSDBを作成した。さらにSDBをクラスタリングすることで、中圧タービンの性能低下を予測できるデジタルツイン数値タービンを開発した。詳細については、すでにASME Turbo Expo 2021で発表し、JEGTPにも再録された。

 産業用ガスタービンを低流量で作動させていると、圧縮機内部で旋回失速が発生することが知られているが、これを数値計算で捉えるためには、圧縮機多段翼列を全周計算する必要がある。我々の研究グループでは、これまでに遷音速圧縮機多段翼列を通る非定常湿り空気流れが全周計算できる数値タービンを開発してきた。次世代アプリ開発の過程で、NECとの共同研究により、スーパーコンピュータAOBAを用いて、遷音速圧縮機1.5段全周計算を1.3日(世界最速)で完了することに成功した。これまで約9日かかっていた計算が約7分の1にまで短縮された。この研究成果は2021年10月15日付の日本経済新聞を初め、他17の新聞やネットメディアで紹介された。我々の研究グループでは、起動時や日中の部分負荷運転を想定した様々な条件における数十ケースの全周計算をスーパーコンピュータAOBAにより大規模数値計算した。それら計算結果からさらに、全周に位置する数百枚のすべての翼から時系列圧力データを抽出して、ビックデータからなるSDBを作成した。次に、このSDBから教師なし機械学習の一つである自己組織化マップ(Self-Organizing Map, 以下SOM)を作成した。これにより、圧縮機の損傷に繋がる恐れのあるケースが自動抽出できることを証明した。

最新論文・解説記事・報道

  1. Yasuharu Hagita, Riku Hayakawa, Hironori Miyazawa, Takashi Furusawa, Satoru Yamamoto, Self-organization of Unsteady Full-Annulus Flows in A Gas Turbine Compressor under Operating Conditions, ASME 2023 Turbo Expo, GT2023-101937, (2023), 11 pages.
  2. 山本悟,古澤卓,宮澤弘法,持続可能社会に向けたデジタルツインガスタービンの研究開発,マルチフィジックスCFDアプリ:数値タービン,クリーンエネルギー,31-1, (2022-3), 日本工業出版.
  3. 山本悟,宮澤弘法,古澤卓,デジタルツイン数値タービンの研究開発,ターボ機械, (2023-5), 日本工業出版.
  4. 日本経済新聞,他多数,(2021-10).